受験もABCです。

Dan Somaさんという方の言葉のようです。
凄く参考になりましたので引用させていただきます。

人生においては、「(A)当たり前のことを、(B)バカになって、(C)ちゃんとやる」。この「ABC」が、その人の人生の質と幅を決める。

受験勉強も全く同じですね。

受験においても、当たり前のことを、バカになって、ちゃんとやる。これで受験の質と幅が決まります。

では何が当たり前のことなのか。
私は過去問とこれまで使ってきたテキストの復習だと思います。

九九

私も夏休みをもらいました。
アメリカのある町に行ってきました。
市民生活に馴染もうと、普段の移動には市バスを使いましたが、ワンマンカーの運転手席で意外なものをみつけました。
料金箱の運転手側にシールが貼ってあったのです。
その町では、バスは均一料金で1回2ドルです。
お釣りは出ませんが、まとめ払いはできます。
例えば5人で乗るなら、一人が10ドルを払えばOKです。
私が見たシールには次のような一覧が記されていました。

1 $2
2 $4
3 $6
4 $8
5 $10
6 $12
7 $14
8 $16
9 $18
10 $20

つまり、人数と合計料金の対照表です。
2の段の九九。
日本でバスの乗務員を為さっている方なら誰でもがすらすらと言えるでしょう。
英語には九九というのはないのでしょうか。

ちょっとした工夫で学習というのは格段に楽になるのだと実感しました。


読書会で聞いた話

私は主に算数を教えていますが、大学での専攻は法社会学でした。
いわゆる文系という奴です。
そのせいか、今でも読書は大好きです。
だから、国語について行き詰まった子にも何らかのアドバイスをしてあげることも出来ます。
大したアドバイスではありません。
問題文の1行の字数を数えておくと、記述の解答で、○○文字と指定されたときに、何行くらいだなと見当を付けられるから書きやすいとか、書き出す前に、入れるべきキーワードを探したり、本文の中の関係ありそうな部分を丸で囲めといった、実に実利的なアドバイスです。
読書についても、読書が好きと言っても、所詮、自分の殻の中でしか本を選ぶことはできませんでした。
また、本当に一人だけで仕事しているので、読んだ本に何らかの感慨を持っても、誰とも語り合えることができませんでした。
そんな折り、図書館で読書会のチラシをみつけ、参加してみました。
実に面白かったです。
それからもう2年近く経ちます。
月に1度の読書会ですが、参加者が思い思いに課題の本についての感想を述べます。
その課題となる本も、参加者全員の多数決投票で決めるのですが、推薦される本自体が知らない作家のものばかりで、これもまたある意味で楽しみでもあります。
勿論、小説以外のものになることもあります。
人数が多くて、白熱した議論という形にはなりにくいですが、それぞれの参加者のコメントの端々にその方の人生が垣間見えたりして、本の世界だけにとどまらない交流というのがあり、単身自営業者としては、ある種の癒しの場とさえなっていると言えます。

先月の会の後、何人かの方と連れだって、喫茶店、その後、居酒屋にて放課後活動をしました。
部活のようなものですが、これがまた面白かったです。
その中で、小児科医を長年続けていらっしゃる方から、成年してからの小児ガンの再発で、若くして亡くなられた患者さんの話しを聞きました。
その方は、成年後の再発については発見が遅かったらしくて、外科的な対応は難しい状況だったようです。
そして、その方が選ばれたのは、抗ガン治療をせずに、自宅で静かに最期を迎えたいということだったとのお話しでした。
親しい親族にのみ見守られ、静かに死を迎えたというお話しでした。
思わず涙がこぼれてしまいました。
涙の訳は、そのお話しを伺っている途中から、ある音楽が聞こえてきたことも関係していると思います。
サティ作曲の「ソクラテス」、その第3曲目の「ソクラテスの死」の部分です。
歌詞の引用は長くなるので避けます。
プラトンの「パイドン」からの一節です。
何らかの運命の決定と思われるものにあえて抗うことをせずに、静かに自らの死を迎えるという姿勢は、その若者もソクラテスも同じだと感じました。
死に対し、どう接するか、それは紛れもなく、自分の人生をどう捉えるかということです。
私は算数を教えるだけの存在ですが、子どもたちと接している奥に、そうした思いがあることを大事にしていきたいと思っています。

余談ですが、私がサティのその曲を知ったのは高校生の時でしたが、その時は、歌詞もろくに調べもせず、ただ音楽の美しさだけに酔っていました。
それしか経験がないのにも関わらず、そのお話の最中にソクラテスの死についての音楽が聞こえてきたのです。
今回は改めてCDを用意し、その歌詞を熟読しました。
若い頃の体験はこうした形でも活きてくるのですね。

政治家にはがっかり。

「日本はひとつになろう!」とテレビは連日アピールする。
被災された方々、ボランティア、地方自治体職員、自衛隊員などの公務員、東電関係者
現場にいるあらゆる人たちは気持ちを一つに日々奮闘している。

ところが政治家は。

一番がっかりしたのは渡部とかいう民主党長老とかの行動。

衆議院予算委員会で次のような発言をしたこと。

渡部黄門が首相に喝!「政治経験がまだ浅い!」

「菅君、君の決断は良かった。
自民党の谷垣君に協力を仰ぎ入閣を頼んだのは良かった。
だが、そのやり方がまずい。
こういう話を電話で、というのはまずい。
やはり政治の経験が浅い!」

そんなことを何で今頃あのような公の場で発言するのか。
「俺は何でも分かってる」風に発言したのはなぜか。
自分の凄さを与野党員の前にアピールしたかったのか。
あの発言で日本がどう良くなっていくと思ってるのか。

谷垣氏に対し失礼だと感じたのなら、感じた瞬間に直接『菅君』に電話すれば良いではないか。
同じ党の幹部同士なのだから。
「あれはまずいよ、すぐ直接伺ってお詫びして改めて相談してみなさい」となぜ言えないのだろう。
あるいはそういう話をしたけれど聞いてもらえなかったから、止むに止まれずあのような公の場での発言となったのだろうか。

菅総理の現在の重責を思えば、今は面子(めんつ)を捨てて何とか少しでもサポートしようと思って欲しい。
何としてもまず被災者に、国民全体に、早く安心感を与えるということを最優先に考えて欲しい。

それは与党野党を問わず、代議士として集っている全ての方々にお願いしたい。





テーマ : これでいいのか日本
ジャンル : 政治・経済

3ではなく、なぜ3.14なのか。

柳谷晃先生の「そうだったのか!「算数」」(毎日新聞社)を読む。

以下の部分を読みハッとした。

『最初にπは3と教えることを考えている人の発想には、小数の計算が、πの理解に邪魔になると思っている節があります。3.14と近似することが計算を難しくするというのでしょうが、これは本末転倒という感じがします。円のような美しい姿をしていても、その構造を調べるのは難しいという事実を、理解することのほうが大切なはずです。そのような理解があってこそ、自然を解析するときに、なめてかかるとひどい目にあうぞ、という認識に繋がるからです。』

自然を解析するときに、なめてかかるとひどい目にあう。

今の日本人は、誰しもがこの一言の意味を実感していることだろう。





テーマ : 算数・数学の学習
ジャンル : 学校・教育

「イ・サン」・「ダメージ」(外国の長尺テレビドラマ)

NHKが韓国とアメリカの長尺ドラマを放送してくれた。
どちらも理想を追うことと権力欲についての話しだった。
確かにとても面白かったが、ステレオタイプな人間ばかりが出てきて
こんなのドラマだけの話しで実際にはあり得ないよと思って見ていた。

のだが・・・・・

最近の政治家の言動や検察のあり方を見たり
佐藤優氏の著作などを読んだりすると
実際の世の中も、荒唐無稽と紙一重のフィクションと変わらないのかもと思ったりしてしまう。
何だか原発の事故も完全なる人災なのではないかと思いたくなってしまったりもする。

そうだ、鎌倉の大仏様も昔は大社殿に収まっていたのだ。
ところが15世紀頃の津波で社殿は流されてしまったのだった。
だったらあんな海辺にいくつもの原子力発電所を作った人は歴史を馬鹿にしていたとしか思えないではないか。
あるいは歴史の勉強をさぼってきた人たち?
でも、あの原発を推進した人たちは、実は立派な学歴の通商産業省のお役人達だったり、天下の大企業「東京電力」の幹部社員達だったりする。
政治家達も利権に群がっていたのかもしれない。

そんな権力者達が
「おまえは行動力がないから辞めろ」とか
「知恵のある皆様に復興についての話し合いをして欲しいが、原発のことは抜きにして」とか
自分の思惑ばかりを優先しているらしい。
これではドラマに出てきた老論派と言われる守旧的政治家や反対者を殺そうとまでする有能弁護士と同じではないか。

政治家が勝手な保身のことばかり考えている間に
行政はいつになってもやってこないと、民間の人たちがボランティアでどんどん行動している。

首相が無能だと思うのは勝手だが、辞めろという前になぜ「こうした方が良い」と言う具体的進言をしないのだろう。手柄を横取りされるのが悔しいからか?
ボランティアの人たちは誰のせいにもしないし、誰も批判せず、まず自分がやれることを探し実行している。
このスピリットは、政治家という立場になると雲散霧消してしまうものなのか?

首相も首相だ。皆を元気づけるつもりなのか、いつもニヤニヤして、寝食も惜しんで仕事してるからか、昼行灯みたいにフラフラ歩いて、あげくに復興構想会議の面々には「原発問題は外して」などとよく言えたものだ。
大連立とか考える前に、まず基本的な常識を持って欲しい。
大連立とか考える前に、党内をまとめて欲しい。
小沢派だって、自分たちの権力のことはひとまず棚上げにして、今はどうこのぼんくら総理に仕事させるかを考えるべきだろう。
海兵隊だの在日米軍だのを繰り出してくれているアメリカを初め、世界の各国からたくさんの援助をさしのべてくれているときに、何で権力闘争しなくちゃいけないの。
轟々と音を立てめらめらと燃えさかる火事場で、火の消し方をめぐって夫婦げんかしてるみたいなもんだ。

自民党も民主党もこんな馬鹿ばっかりだったのかとは思いたくない。

家も仕事も街も家族も失った市井の人たちが黙々と汗を流している時に、スーツ着たおっさん達が高給を保証されたままフカフカのソファに座って痴話げんかしてる場合か?
形なんかどうでも良いから協力しあえよ。
失策を見たら、怒ったり足引っ張ったりするのではなく、フォローして支えて、二度と繰り返さないようにさせろよ。
フィクションより下品なことするなよ。



地震、雷、火事、親父

地震も雷も火事も親父も
いったんおこると(起こると、怒ると)とても怖い。

だが、一定の時が経てば必ず収まる。
「こと」が収まれば、自戒を胸に、平常の生活を再開できる。

今、日本を覆っているどんよりした空気は、時が経っても「こと」が収まらないことへの怖れが原因だ。
「阪神淡路」も「9.11」も、尋常ならざる恐怖を引き起こしたが、「こと」は1日で終息した。
翌日から(いや、当日のうちにすら)すぐに回復に向けての活動を起こせた。

ところが今の日本では、復興、回復への活動を本格的には起こせないのだ。
なぜなら「こと」が収まっていないからだ。

逃げこれた人に避難の場所を提供したり、救援物資を送ったり、被害者を捜索したり、後かたづけを始めたりはできるかもしれないが、福島原子力発電所の周囲数十キロの地域には、特別の防護服を着ないと立ち入れない状態のままなのだ。
この状態がいつ終わるのかが分からないことへのいらだち。
これが日本を覆うどんより感のもとだと思う。

復興へのスタートラインに早くたどり着きたい。
本格的なスタートを早く切りたい。

原子力発電が与えてくれる恩恵は計り知れない。
それだから、一旦「こと」が起きた時の代償も計り知れないのだろう。
のど元過ぎれば熱さを忘れると言われるが、今度ばかりは誰も決してこの熱さを忘れることはなかろう。
そもそも、まだ、いつのど元を過ぎるかすら分かっていない程の「こと」なのだから。

今できることは節電。
目指すのは、原子力発電がなくても足りる電気料で暮らせる生活。
まずは電子書籍や電子辞書ではなく、紙の本、紙の辞書を使っていこう。

と言いつつ、パソコンに考えをまとめている。
だが、今日もこの後は、仕事に必要が出るまではシャットダウンをしよう。
そして、電力を使って作られる紙そのものも大切にしよう。






人知。人の力。

山川出版の日本史教科書(2009年版)をめくると、6ページに2万年前の日本の海岸線を示す地図が載っている。
樺太から種子島までが地続きであったとなっている。
津軽海峡については陸続きか切れていたかは論が分かれていると付記されているが、いずれにしろ今の海岸線とは大きく違っていたのは確かだろう。
本文を読むと、海岸線が変化した理由は気候が温暖になり海面が上昇したからとなっている。
だが、ウィキペディアの地震の歴史のページを見ると、記述の残るようになってからでもたくさんの地震が日本の周辺で起き続けていることが分かるから、海岸線や地形の変化にも少なからず地震も影響したと思う。
火山の爆発もあったかもしれない。
仮に気候変動だけが原因だとしても、1万年以上昔のことであれば、これも自然の力によると言えよう。
だから、歴史を真摯に受け止めれば、今回の地震と津波も想定すべきことだったと言えよう。

ある僧侶が今回の災禍に際し「無常」ということを語っておられたが、人の心だけのことではなく、物理的世界においても「無常」ということを考えていかなければならないのだろう。

加えて、今回もっと恐ろしいのは、原子力発電所の事故が重なったことだ。
地震と津波の被害だけでも未曾有と言われているのに、これにチェルノブイリやスリーマイルの事故が重なったのだ。
単に原発事故だけでも恐ろしいのだが、今回は原発事故の為に、地震・津波被害への本格的な復旧作業のスタートが切れないということが更なる危機だと思う。
地震と津波被害への対策ならば、少なくとも今より被害が増えることはないし、余震を除けばこれから悪化していくことはないから、復旧作業に専念できる。ゴールも、遙か先ではあろうが、決して想像できないわけではない。
だが、原発事故の対策にはゴール自体が見えない恐怖がある。
この恐怖が消えない限り、周辺地域だけではなく、東日本全体の復旧を開始できないと思う。

津波だけの被害なら、耕地は残っている。
整地し、また種をまけばいつか作物は実を結び、出荷も出来るようになろう。
これは何十年も先の話ではない。
すぐに復旧にあたるなら数年で達成できよう。

だが、原発事故の影響は、大地をじわじわと弱めていくのだ。復旧の可能性が時間の経過とともに低くなっていく。
幸いなことに、アメリカやフランスの首脳は、自国の原発推進政策を変更したくないこともあって、今回の福島原発の事故を何とか早急に収めようと全面的な支援を行ってくれている。
日本政府は変なプライドを捨て、今は世界の全叡智を使い尽くして欲しい。
人知の最たる原子力を克服するには人知を結集することが必須だ。

今は誰が良い悪いの話をしているときではない。
どうすれば放射線の拡散を抑え、地震・津波被害からの復旧を促進できるかを考えるときだ。





ボランティアの心得。(引用・転載)

http://www.myspiritual.jp/2011/03/post-2821.html

以下は上記の転載。

【以下引用】
東日本巨大地震のあまりにもひどい被害に、被災地以外の人たちも大きなショックを受けています。日本中、いや世界中の人たちが「なんとか助けになりたい」と思っていて、すでに様々な方面でボランティア活動が開始されています。

ただ、その思いはひとつ間違うと、被災されて心底打ちのめされていらっしゃる現地の人たちの心を踏みにじってしまうこともあります。

以下は、阪神大震災で被災された経験がある、西宮市議会議員・今村岳司さんのブログ3月13日の記事より。長文になりますが、一部ご紹介したいと思います。

「悔しくて、悔しすぎて、記憶から消していたことが、いろいろ蘇ってきて辛いです。
ひとつは、観光気分で来た自分探しボランティアの連中のこと。

彼らは、人から感謝されることを楽しみにやってきただけでした。だから、汚れ仕事やしんどい仕事は何かと言い訳しながらやりませんでした。彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました。

そんな彼らに『惨めな被災者』と扱われる屈辱。何日か経ったとき、避難所のリーダーが耐えきれずに怒鳴り散らして彼らを追い返してくれました。

彼らがいなくなっても、彼らに受けた屈辱は消えませんでした。
 
(中略)

とにかく、自分にできることなど何もないことを受け容れることが必要です。「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。

政府の大規模な財政出動に理解を示すこと、増税を受け容れること、節電など、政府の呼びかけに応じて、不便を受け容れること、被災者の苛立ちや要望をただ受け容れること、プロが呼びかけるボランティアや募金に参加すること。これくらいが関の山なのです。

『被災経験のあるあなたに訊きたいが、被災地に対して何かできることはないか』と友人に訊かれたので、こう答えました。

まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族でアクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。

統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない『ボランティア』はただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。しかし、手ぶらのボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝るのです完全に現場指揮に従うのであれば、しかも生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えているのであれば、行ってこればいいと思います。

次に、要請されないかぎり何も送らないことです。何が不足しているかもわからずに送られてくるものは、千羽鶴と同じゴミです。『着るものがないだろう』とボロを送られても馬鹿にされたと思うだけです。水もガスもないところにカップ麺を送られても意味ありません。現場に何が必要かを理解しているのは現場のプロだけです。『○が不足しているのでどこに送って欲しい』という呼びかけに応えるのであれば、ぜひ送ればいいともいます。

そして、ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないことです。

安否確認したいのは被災していない側です。被災していない側が安心したいだけです。安否確認などされても被災者には何の益もありません。安否確認で電話することは、通信が復旧しきっていない情況で、被災者でない側が安心したいがために通信を使用する行為です。

要はプロに任せることです。16年前、遠くのまちの名前が書かれた消防車やパトカー、そしてなにより規律正しい自衛隊が来てくれたときには、ほんとうに嬉しかったです。

彼らは、これまでに見たどんな人間より気高かったです。彼らはプロとしての技術を持っていましたし、彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした。被災地に必要なのは、プロだけです」


私はこの文章で、「彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした」の一文がいたく胸に響きました。ややもするとエゴイストになりがちな善意、というものが私たちのなかに存在していることは決して否めません。

モンスター・ボランティアにだけはなるまい。今村氏のブログを読んでそう痛感しました。被災された方々を心から「助けたい」と思うのであれば、募金、プロの判断による支援物資を送る事。そして現地までボランティアにいくのであれば「生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えて」いく覚悟で。

被災地以外の、元気な人間ができることは、まず「被災された人の気持ちを考慮する」ことなのだと思います。

(福島はるみ)

民の見えざる口(Invisible mouth of people)

家庭教師や学校訪問など、普段の移動にはバイクを使っている。
だが、このガソリン不足の影響で、パンクしたままになっていた自転車を使うことにした。
近くの自転車屋さんに修理してもらいに行った。

修理の間、自転車屋のおじさんも話し相手が欲しかったのか、パイプ椅子を出して座るよう促してくれた。
修理とともにおじさんの話も始まる。
「親戚が茨城の鉾田にいるんだよ、大変だったらしいや。でもみんな元気だって分かってホッとしてるよ。」
「あの日は自転車が15台も売れた。中古の安いのから売れてくんだけど、最後は5万もするような自転車をその場で買ってく人もいたよ。若い女の子でも普段から金持ってるんだね。」
作業の合間には通りすがりのご近所さんにも挨拶する。
「あれ、みんな揃ってお出かけ?ひょっとして疎開かい?」
声を掛けられた4人家族はバツがわるそうに「まあ、そんなとこですかね」と足早に去る。
「あの家はすごいよ、上の娘はもう先に○○かどっかの南の親戚に逃げてってるんだ。俺なんてもっと若けりゃすぐ被災地に跳んでって何かするけどね。」
私も耳が痛い。
私は近所の生徒もいて、彼ら彼女らは徒歩や自転車で来るので来週も授業をする予定でいる。だから東京にとどまっている。

修理が済み、帰宅してネットニュースを見た。
ツイッターで「枝野寝ろ」と話題になっているそうだ。
#edano_nero
というのが生まれて書き込みが凄いらしい。
昼夜を問わず迅速に率直に情報を提供してくれる枝野官房長官をねぎらうということらしい。
内容の一部を引用する。

『不眠不休が偉いのか?本当に頑張ってるのか?という疑いは、もっとも。しかし、枝野氏が賛美され始めた理由は「説明が端的でわかりやすく、自分の言葉で国民に語りかけている」から。そこは疑う余地がないと思う。』

『枝野官房長官の会見、どんなに挑発的で低レベルでくだらない質問にも落ち着いて丁寧に的確に答えていてすごいね。中継最後の「東日本がつぶれる」発言云々の質問者は、何としても政府を叩きたくてしょうがないか、必要以上に不安や混乱を煽る記事を書くんだろうな、きっと。』

『枝野官房長官「(枝野さんは買いだめしてるか?という質問に)私自身自宅に帰っておりません」』

同時に同種の#が生まれていて、成る程と思ってしまった。

『国民感情一覧w - 東電職員頑張れ #toden_ganba 枝野は寝ろ #edano_nero 菅は起きろ #kan_okiro 自衛隊は食べろ #jieitai_tabero フジテレビは自重しろ #fujitv_jichou 石原黙ってろ #ishihara_damare』

エジプトの政権打倒を機にツイッターが注目されているが、ツイッターは「神の見えざる手」ならぬ、「民の見えざる口」そのものではないか。
日本でも、「民の見えざる口」が世論を作っていくように感じる。
これは健全なことに思える。







プロフィール

久保田塾・塾長

Author:久保田塾・塾長
東京都内、自宅にて個別指導、都内近県にて家庭教師をしています。
受験対策でも不登校児へのフォロー指導でも、私を頼る者全ての力になりたいと思っています。
でも、出来ない事は出来ないので、その時は、よりふさわしい先生をご紹介したり、次善の策がないかを模索したりします。
一番得意なのは中学受験の算数指導。「どんな問題でも解ける」という事より、「志望校に合格するにはどういう力を付ければ良いかを伝える」のが大事なのです。そのことを分かっていない保護者の方々、現役の塾講師、家庭教師の先生方があまりにも多い。
教育ネタが中心になると思いますが、趣味に走ったりもするかも。
前から興味のあったブログというのを始めて、ちょっとワクワクの「え~年のおっさん」です。
(2008年2月2日(先勝)・ブログ開始)

メニュー
リンク
ブログ内検索