初めて救急車に乗った。

3月17日(火)午前
突然に右足全体に激痛が走った。
一人で作業中だったのでしばらく痛みに悶えながら回復を待った。
だが痛みの引く気配は全くない。
右足全体が攣(つ)ってしまったような痛みが続く。
いやもっと激しい痛みだったかもしれない。

実は昨年9月から右足に微妙な痛みを感じるようになり、一度整形外科を受診した。
椎間板ヘルニアとのことだった。
軽度なので投薬治療で様子を見ましょうということになり、薬を処方してもらい飲み続けていた。
医師の指示に従い、痛みが引いては薬を止め、また痛みを感じると飲むということを続けた。
ところが今年の受験直前から、薬を飲んでも痛みが引かないことが増えてきた。
受験がみな済んだら再度医者に行こうと思っていたのだが、確定申告があって、それが済み次第に病院へと思っていた。
そうしたら、まさに申告書を提出した翌日、この痛みが襲ってきてしまったのだ。

やむなく119番をダイヤルした。
この程度で呼んで良いのかとも心配したが、家族も親戚も皆すぐには駆け付けられない状態で、小一時間も我慢しても一向に痛みの引く気配がないから仕方なくダイヤルした。
救急隊の方々はとても親切で、無理しないでと言いつつ、テキパキとことを運んでくれた。
昨年受診した病院はベッドがいっぱいということで受け入れてもらえず、いくつかの候補を当たった上で、最も近い病院のひとつを選んでくれた。
「赤信号通過します」のアナウンスを何回か聞きながら安静のまま病院まで運んでもらった。

病院では(食事中だったらしい)医師がすぐに駆けつけてくれ、状態をチェックしてくれた。
以前の担当医とほぼ同じ診断なのでなぜか少し安心した。
レントゲン、CTの撮影に入り、とりあえず今日は入院だなということに。

投薬と点滴と安静。
この3つが当面の対策だとのことで、ずっと横になっていた。
痛みは少し薄らいだ気もするが、耐えがたい状態であるのは変わらない。
しびんが用意され、大については、ポータブル便器を持ってきましょうということになりかけたが、
「お願いです、それだけはご勘弁を」ということで、必要な時は車椅子で看護師さんに連れていってもらうことにした。
痛いので食欲も湧かず、ひたすら寝ていた。
幸い便意をもよおすこともなく、時々しびんのお世話になるだけで済んだ。
若い女性の看護師さんにでも平気でしびんの処理をお願いできた。
このまま小だけで済んでくれないか。
しかし、いくら食べていないとは言え、3日目にはついに大の便意が来てしまった。
背に腹は代えらえれず、ナースコールをする。
だが、これも、いざトイレに着くと、もう人の目など気にならない。
ゆっくりだが何とか便器に乗り移り、後は一人でどうにか出来た。
全て処理が済むと、傍らのボタンでまた看護師さんを呼ぶ。
いずれもうら若い女性看護師さんなのだが、何の気まずさも感じない。
当たり前だ。
向こうはプロなのだ。

私が指導していて一番困るのが、恥ずかしがってかプライドを守るためか
自分の試験結果つまり成績をはっきりと伝えない生徒(あるいは親)がいることだ。
(去年の生徒のC君がこのタイプだった。)

試験は規模の大小を問わず、現状の把握には最も便利なのだ。
その最大の特性を活かそうとしないのだから勿体ない。
悪いからこそ、どう対応したら良いのかとこちらの知恵を働かせることもできるのだが、
それを見せてもらえないのでは対応もしにくくなる。
普段の授業の出来は悪くないのに、試験になると点数が取れない子など
答案の内容を見ることで、色々なことが分かってくる。
式や図は書けているのに計算ミスをしてしまったとか、
理解がパターンのレベルで終わっているので、少しの応用で戸惑ってしまったとか、
また、計算ミスと一口に言っても、ある段の九々での間違いが突出しているとか、
分数の処理の基本が身に付いていないとか、
とにかく答案を見るとその子の現状がありありと伝わってくる。

こちらに毅然としたプロ意識があれば、生徒も当たり前だと思って持ってきてくれるのか。

今年の生徒たちは皆試験結果や答案を積極的に持ってきてくれるので問題ない。
私の生徒に限らず、個別指導、家庭教師を受けている方は積極的に先生に自分の試験結果を見せるべきだ。
そうしたものは見なくても実力は分かると思っている先生もいるようだが、
肌で感じる力と、試験から得られる客観情報とが一致しているかをチェックするというのも大事なことだ。

医師、看護師の世話になる時は命にすら係わる状況だから緊張感も増し、恥ずかしいなどというレベルを超えるということなのかもしれないが、
私の仕事も、預かっている生徒の一生のメルクマールを左右するという意味ではかなり重みのある仕事だと思っている。
受ける側もそれ位の意気込みの私に対して欲しい。

幸い終業式に間に合うように退院でき、春期講習は予定通りにこなせている。
痛みの再発はない。
いざとなればまたあの先生に診てもらえば良いのかという安心感を得られたことが何よりうれしい。
私自身が、生徒たちからそのように感じてもらえる存在であり続けたいとも感じている。

初めての緊急入院から、自分の仕事について、少し違う視点から見直しが出来た。


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中学入試結果を振り返って。(小6・中学受験生編)

2009年1月9日の記事を参照してほしい。

A君
チャレンジだった第一志望には届かなかったが、決して安全とも言えなかった第2志望校に合格。
お母様は大満足のご様子。
この中学からは入試の点数も教えてもらえたが、本人の自己採点がしっかり合っていた。こういう子は大学入試までにかなり伸びるだろうと思う。
すでに進学先の中学校からは第1回目の授業時に提出する課題が出されている。
お母様もA君自身も引き続き週1回の指導の継続を希望し、その課題をどんどんこなしている。
数学は正負の加減乗除まで済ますことになっている。
課題はかなりのボリュームだったが、3月中に終わりそうな勢いだ。
課題の出典が分かっているので、終了後はその続きをやらせてみようと思っている。
他の生徒たちはこれだけの内容を家庭学習でこなしているのだろうか。

B君
第1志望校合格。
今や第4の御三家(?)と言われている人気校に見事合格を果たした。
通っていた塾の教材をみな譲ってくれた。
とても貴重な資料だ。

C君
難関校を複数受験するという、かなりのチャレンジ入試だったが、あくまで本人とご家庭の希望だったのでそのまま受けてもらった。
結果はしんどいものだった。
本人もボロボロに近い状態になったこともあったようだが、後半になって急きょ受験することにした学校に見事合格。決して楽な受験ではなかったと思うがよく努力した。
彼の問題点は塾のオプションを取りすぎたことのような気がする。基本を固めきらないうちに、あれもこれもと受けていたようなので、課題だけが山積してしまったようだ。
そういう話もしたのだが、オプションも受けていないと不安になるようだったので本人の希望に任せていた。

D君
第1志望校に合格。受験した学校全てに合格した。
とはいえ、各校からの情報によると第1志望校・第2志望校ともギリギリの合格だった。
第2志望校には合格最低点で合格。
第1志望校には繰り上げ合格だった。
強運な奴だ。
きっと社会人になったら出世するだろう。

Eさん
第1志望校合格。
当初からの希望の学校に見事合格。
指導の開始が6年の5月からということであまり時間がなかったが、ここだけを受験するということで、かなり傾向のはっきりした学校だったから、範囲もしぼっての指導にした。
ところが、昨年暮れには、やはり安全のためにもう何校か受けたいということになった。
候補になった学校の試験範囲はかなり多岐にわたるものだったので、急きょ範囲を広げての指導となった。
彼女の手持ちの教材の総合回を利用してざっと一通りさらって、弱点の単元を見つけ出し、集中的に補強した。
これが幸いした。
第1志望校の試験が昨年までと傾向が変わって、もっといろいろな問題が出ていたのだ。
本人も私自身も、全体をさらっておいてよかったとホッとした次第だ。

F君
C君同様、彼も相当苦戦した。
5日まで合格が出ず、6日に受けた学校でやっと合格。
真面目な子なので、教わった通りの問題だとかなりのレベルまで行けるのだが、ちょっとアレンジされると手が出なくなってしまうタイプだった。
6日に受けた学校は基本をしっかり問う内容の試験の学校なので心配はしていなかったが、やはり連敗続きの後の合格の報は、こちらも本当にホッと胸をなでおろす。嬉しいより先にありがとうございましたという気持ちになる。
勉強の仕方を身につけたと思うので、中学で伸びてくれればと思う。

G君
第1志望校合格。
1校にしぼっての受験だった。
過去問を徹底的に学習し、出題傾向に即した対策をした。
本当はもう少し難しい学校も受けられたのだが、お母様も本人もその学校がとても気に入った様子だったので、あえて余計なことは言わなかった。
勉強にクラブ活動に、思い切り自分の力をぶつけ伸ばしていってほしい。

Hさん
苦戦の連続だったが、最後に見事第1志望校に合格。
その学校の3回目の受験。
この中学も良心的な学校で、それまでの受験結果(各教科の点数)を教えてくれた。
1回目から2回目で国語が30点も伸びた。これには私の自慢話が付け加わる。
私は算数に特化しての指導だった。
この子には、国語指導のために別の有名家庭教師センターのベテランの先生が付いていた。
ところが、第1志望校の試験には国語で100字の記述が出ると分かっているのに、その先生はなかなかその学校向けの対策をしてくれなかった。
そこで私がしゃしゃり出て、100字記述への対し方を具体的に説明した。
そうしたらそれが功を奏したようで、それまで嫌だった記述が出来るようになったというのだ。
2回目の受験では、解答を見せてもらったが、見事にポイントを押さえ、全体のまとめもしっかりできていた。これで30点アップしたのだろう。
2回目も合格ラインには届かなかったが、3回目まで受けたことと、この伸びを学校側が買ってくれたようだ。
彼女も、お母様と本人と両方の希望でそのまま指導を継続している。
1回目や2回目の試験で合格した子たちに負けない力を付けて入学したいという気持ちで努力を続けている。

I君
途中で退塾されたにもかかわらず、きちんと入試の結果をご連絡いただけた。
第1志望校にはかすかに及ばなかったようだが、第2志望校にしっかりと合格を決めたそうだ。
それもかなり余裕を持っての合格とのこと。きちんと力を付けたのだと思う。
6年になってから移動した中堅塾が彼にぴったりだったようだ。私の指導をお断りになってからは、その塾での指導だけで、家庭教師や個別指導のフォローは一切付けなかったとのことだった。
塾はどこが良いですかと尋ねてくる保護者の方もたまにいらっしゃるので、今後は彼の事例もお伝えしようと思っている。

J君
年賀状は貰えたが、入試結果についてのご連絡は頂けなかった。
気にはなるが、こちらからお尋ねするような無粋なことはしたくない。
いつか何かの形でまた消息もわかるだろう。

以上の結果から言えること。
(1)塾のオプションは受けすぎないように。
(2)過去問対策は徹底的に。ただしちょうど良い頃合いを見計らって開始すること。これは個人差があるので一概にいつからとは言えない。また科目によっても異なる。得意な科目は早めになる。
(3)志望校に惚れこめ。惚れた学校の為なら苦労も苦でない。恋愛と同じ。(あ、余計なことかな?)
(4)塾選び、家庭教師選びは慎重に。身近な人からの直接の情報が一番確実だと思うが、そうしたものがなくても、体験授業や授業見学などで実態はかなりつかめると思う。

最後のまとめは月並みなものだが、個々の事例から何かヒントを感じ取ってもらえれば幸いである。



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プロフィール

久保田塾・塾長

Author:久保田塾・塾長
東京都内、自宅にて個別指導、都内近県にて家庭教師をしています。
受験対策でも不登校児へのフォロー指導でも、私を頼る者全ての力になりたいと思っています。
でも、出来ない事は出来ないので、その時は、よりふさわしい先生をご紹介したり、次善の策がないかを模索したりします。
一番得意なのは中学受験の算数指導。「どんな問題でも解ける」という事より、「志望校に合格するにはどういう力を付ければ良いかを伝える」のが大事なのです。そのことを分かっていない保護者の方々、現役の塾講師、家庭教師の先生方があまりにも多い。
教育ネタが中心になると思いますが、趣味に走ったりもするかも。
前から興味のあったブログというのを始めて、ちょっとワクワクの「え~年のおっさん」です。
(2008年2月2日(先勝)・ブログ開始)

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