予習か復習か。

個別指導、家庭教師で算数を教わるなら次のやり方が考えられる。

(1)集団塾に通いながら算数をフォローしてもらう場合。
(1-1)塾で受けてきた授業の復習をしてもらう。
(1-2)塾の授業の、先の回を予習してもらう。

算数が苦手で私のところに相談してくる場合は(1-1)の希望が多いのだけれど、(1-2)に徐々に変えていくと塾の授業も理解できるようになり、しかも塾で復習が出来て理解度が格段に増す。
日能研の新6年生には先週のうちに春期講習前半の予習をして、5年までの弱点補強をした。
日能研の通常授業の教材「本科教室」は余計なことがダラダラ書いてある上に、無駄な空白が多くて運ぶのにも指導に使うのにも扱いにくい教材だが、春期講習テキストは、うまく選択された問題が余計な解説なしにただ並べられているだけなので非常に使いやすい。
教材を前渡ししてくれるのも助かる。
補助的に載っている「計算と1行」も家庭学習にちょうど良い。


(2)塾に通わず個別指導、家庭教師だけで進める場合。

応用自在とか合格自在などを使ってなるべくハイペースに全分野を指導してもらうのが良い。
集団塾と違い、苦手なところはゆっくり丁寧に、得意なところはさっさと仕上げるといったペース配分を細かく変えられるのがメリットなのだから、これをフル活用するのが最良だと思う。
早い子は、5年3学期までで一通りの学習が終わり、6年春から過去問演習に入れる。
6年から家庭教師や個別指導だけのスタイルに変える場合は6年の夏までに全単元のチェックを終えれば良い。
ただし、秋からは、大手塾の志望校別特訓に出ると良い。モチベーションが上げられる。


塾に通いながらの場合も、算数については、塾毎にカリキュラムは異なる。
ということは最良最適なカリキュラムは、こと中学受験算数については存在しないということになる。
裏を返せば、各人各人が、最適なペースで学習できるということだ。
それをしっかり設計、監督してもらえるのが個別指導、家庭教師のメリットだ。
そうした意味からも、6年の2月から7月が一番大事な時期と言える。





テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

なるべく外出せず電気も使わない。

節電、節食(ダイエットではなく買い占め防止のため!)に努め、放射線被害を最小にするため、外出を控えることにしている。
幸い(?)解くべき問題は山積している。(偉い政治家の課題ではなく、今年の入試問題のこと)
問題を解いては息抜きに読書。(テレビもなるべく付けない)
パソコンはニュースや仕事の為に通電しているが、休息時は「休止状態」にしている。

テレビも時々チェックしている。
先ほども参考になる放送をしていた。
気づいたことを以下にまとめておく。

☆支援物資を送る心得
(1)箱毎に内容をまとめる。
例えば、「子ども用おむつLサイズ」で一箱。
個人で送る場合、ここまで細かくは無理でも、せめて「子ども用おむつ」だけで一箱にすること。
同じおむつでも、子ども用と大人用では必要とする人が違うからだ。
衣服でも同じ。
「子ども用衣類(サイズ140)」で一箱にする。
これが無理なら、せめて「子ども用衣類」とかで一箱にする。
一箱に多種類のものを混在させて送るのは被災地での分類の手間を増やすので迷惑!

(2)カップ麺など、湯や加工を必要とするものは控える。あるいは求められた場合のみ送る。
パンや菓子など、すぐに食べられるものが良い。言うまでもないが、これも一箱にこれのみをまとめる。

(3)自動車などを使うのなら、直接被災地に自分で持っていくのは止める。
交通の邪魔や無用のガソリン消費を控える為。


☆ボランティアでの心得
(1)自給自足できる人(被災地の近くに住居があるなど)だけが向かうこと。
あるいは公的な募集に応じて向かう。

(2)医師や建築士など被災地で必要とされている特殊技能のある人は別。
ただし、公的機関で、必要とされている場所を確認した上で向かうこと。


☆疎開する時の心得
(1)家を離れる時はブレイカーを落としていく。

(2)自動車で駅まで向かう場合は、非常時となっても駅周辺の人の迷惑とならない場所に駐車していく。






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ボランティアの心得。(引用・転載)

http://www.myspiritual.jp/2011/03/post-2821.html

以下は上記の転載。

【以下引用】
東日本巨大地震のあまりにもひどい被害に、被災地以外の人たちも大きなショックを受けています。日本中、いや世界中の人たちが「なんとか助けになりたい」と思っていて、すでに様々な方面でボランティア活動が開始されています。

ただ、その思いはひとつ間違うと、被災されて心底打ちのめされていらっしゃる現地の人たちの心を踏みにじってしまうこともあります。

以下は、阪神大震災で被災された経験がある、西宮市議会議員・今村岳司さんのブログ3月13日の記事より。長文になりますが、一部ご紹介したいと思います。

「悔しくて、悔しすぎて、記憶から消していたことが、いろいろ蘇ってきて辛いです。
ひとつは、観光気分で来た自分探しボランティアの連中のこと。

彼らは、人から感謝されることを楽しみにやってきただけでした。だから、汚れ仕事やしんどい仕事は何かと言い訳しながらやりませんでした。彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました。

そんな彼らに『惨めな被災者』と扱われる屈辱。何日か経ったとき、避難所のリーダーが耐えきれずに怒鳴り散らして彼らを追い返してくれました。

彼らがいなくなっても、彼らに受けた屈辱は消えませんでした。
 
(中略)

とにかく、自分にできることなど何もないことを受け容れることが必要です。「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。

政府の大規模な財政出動に理解を示すこと、増税を受け容れること、節電など、政府の呼びかけに応じて、不便を受け容れること、被災者の苛立ちや要望をただ受け容れること、プロが呼びかけるボランティアや募金に参加すること。これくらいが関の山なのです。

『被災経験のあるあなたに訊きたいが、被災地に対して何かできることはないか』と友人に訊かれたので、こう答えました。

まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族でアクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。

統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない『ボランティア』はただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。しかし、手ぶらのボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝るのです完全に現場指揮に従うのであれば、しかも生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えているのであれば、行ってこればいいと思います。

次に、要請されないかぎり何も送らないことです。何が不足しているかもわからずに送られてくるものは、千羽鶴と同じゴミです。『着るものがないだろう』とボロを送られても馬鹿にされたと思うだけです。水もガスもないところにカップ麺を送られても意味ありません。現場に何が必要かを理解しているのは現場のプロだけです。『○が不足しているのでどこに送って欲しい』という呼びかけに応えるのであれば、ぜひ送ればいいともいます。

そして、ぜったいにこちらから安否確認の通信をしないことです。

安否確認したいのは被災していない側です。被災していない側が安心したいだけです。安否確認などされても被災者には何の益もありません。安否確認で電話することは、通信が復旧しきっていない情況で、被災者でない側が安心したいがために通信を使用する行為です。

要はプロに任せることです。16年前、遠くのまちの名前が書かれた消防車やパトカー、そしてなにより規律正しい自衛隊が来てくれたときには、ほんとうに嬉しかったです。

彼らは、これまでに見たどんな人間より気高かったです。彼らはプロとしての技術を持っていましたし、彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした。被災地に必要なのは、プロだけです」


私はこの文章で、「彼らは私たちに感謝されることなど求めていませんでした」の一文がいたく胸に響きました。ややもするとエゴイストになりがちな善意、というものが私たちのなかに存在していることは決して否めません。

モンスター・ボランティアにだけはなるまい。今村氏のブログを読んでそう痛感しました。被災された方々を心から「助けたい」と思うのであれば、募金、プロの判断による支援物資を送る事。そして現地までボランティアにいくのであれば「生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えて」いく覚悟で。

被災地以外の、元気な人間ができることは、まず「被災された人の気持ちを考慮する」ことなのだと思います。

(福島はるみ)

民の見えざる口(Invisible mouth of people)

家庭教師や学校訪問など、普段の移動にはバイクを使っている。
だが、このガソリン不足の影響で、パンクしたままになっていた自転車を使うことにした。
近くの自転車屋さんに修理してもらいに行った。

修理の間、自転車屋のおじさんも話し相手が欲しかったのか、パイプ椅子を出して座るよう促してくれた。
修理とともにおじさんの話も始まる。
「親戚が茨城の鉾田にいるんだよ、大変だったらしいや。でもみんな元気だって分かってホッとしてるよ。」
「あの日は自転車が15台も売れた。中古の安いのから売れてくんだけど、最後は5万もするような自転車をその場で買ってく人もいたよ。若い女の子でも普段から金持ってるんだね。」
作業の合間には通りすがりのご近所さんにも挨拶する。
「あれ、みんな揃ってお出かけ?ひょっとして疎開かい?」
声を掛けられた4人家族はバツがわるそうに「まあ、そんなとこですかね」と足早に去る。
「あの家はすごいよ、上の娘はもう先に○○かどっかの南の親戚に逃げてってるんだ。俺なんてもっと若けりゃすぐ被災地に跳んでって何かするけどね。」
私も耳が痛い。
私は近所の生徒もいて、彼ら彼女らは徒歩や自転車で来るので来週も授業をする予定でいる。だから東京にとどまっている。

修理が済み、帰宅してネットニュースを見た。
ツイッターで「枝野寝ろ」と話題になっているそうだ。
#edano_nero
というのが生まれて書き込みが凄いらしい。
昼夜を問わず迅速に率直に情報を提供してくれる枝野官房長官をねぎらうということらしい。
内容の一部を引用する。

『不眠不休が偉いのか?本当に頑張ってるのか?という疑いは、もっとも。しかし、枝野氏が賛美され始めた理由は「説明が端的でわかりやすく、自分の言葉で国民に語りかけている」から。そこは疑う余地がないと思う。』

『枝野官房長官の会見、どんなに挑発的で低レベルでくだらない質問にも落ち着いて丁寧に的確に答えていてすごいね。中継最後の「東日本がつぶれる」発言云々の質問者は、何としても政府を叩きたくてしょうがないか、必要以上に不安や混乱を煽る記事を書くんだろうな、きっと。』

『枝野官房長官「(枝野さんは買いだめしてるか?という質問に)私自身自宅に帰っておりません」』

同時に同種の#が生まれていて、成る程と思ってしまった。

『国民感情一覧w - 東電職員頑張れ #toden_ganba 枝野は寝ろ #edano_nero 菅は起きろ #kan_okiro 自衛隊は食べろ #jieitai_tabero フジテレビは自重しろ #fujitv_jichou 石原黙ってろ #ishihara_damare』

エジプトの政権打倒を機にツイッターが注目されているが、ツイッターは「神の見えざる手」ならぬ、「民の見えざる口」そのものではないか。
日本でも、「民の見えざる口」が世論を作っていくように感じる。
これは健全なことに思える。







何だか許せない。

名前を書くのも気が滅入るある都知事の発言。

「我欲に縛られ政治もポピュリズムでやっている。それが一気に押し流されて、この津波をうまく利用してだね、我欲を一回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のあかをね。これはやっぱり天罰だと思う。被災者の方々、かわいそうですよ」

誰が何のためにこの災禍を引き起こしたというのだ。まるで誰かの意志でこの災禍が引き起こされたかのような発言。
しかも暗にそれも致し方なしとしているかのようにも感じられる。
どこぞのカルト宗教尊氏と全く同じ発想ではないか。

これはある新聞のネット記事からのコピペだが、その記事の地の文には以下のような記述もあった。
『蓮舫節電啓発担当相から節電への協力要請を東京都内で受けた後、記者団に語った。多くの犠牲者が出ている災害を「天罰」と表現したことが、被災者や国民の神経を逆なでするのは確実だ。』

ところが、この新聞社の記者の一人も以下のような発言をした。
「サンデーモーニング」という番組にレギュラー出演している現役新聞記者だ。
その記者氏が「サンデーモーニング」放送中に地震へのコメントを求められ、次のように発言した。
耳を疑った。

「こうした大惨事が起きたときはきまって政治が乱れてる時なんです」

阪神淡路は村山が総理で、東北関東は菅が総理だから起きたっていうのか?

こんな発想の記者が記事を書き、あんな発想の都知事が偉そうにしていることが、何だか許せない。

ただでさえ気が滅入る事態の深刻さ
危機の連続パンチ
それを目の当たりにして、政治の乱れや人心の荒廃への警告が原因であるかのように公の場で発言するエライ人たち。
本当に心の底から寒くなる。

心の中で何を思おうが勝手だが、こうしたことを平気で人前、いや、公の立場の人がその立場にあって発言して恥じないことが恐ろしい。






復興の為に。(66年)

1945年3月10日の東京大空襲
約10万名の方々が犠牲となられた。

その66年後、2011年の3月11日
東北・関東大震災
広域巨大津波という人知を越えた事態
何名の方が被害に遭われたのかまだ定かではない。

一方、今回の災禍については、被害面積があまりにも広い。
東京大空襲だけを見れば被害面積は約40平方キロメートル。
今回の被害面積はその何倍になるのだろう。

東京大空襲に続く、沖縄戦や広島・長崎の原爆による被害面積も相当だと思うが、今回はそれらを足したよりも広いのではないか。
加えての原子力発電所の不安。

しかし、66年の間に進んだ科学技術は新たな解決策をみつけだすと思う。
人知を越えた災害なのは確かだが、
目の前に起こったことなのだ。
遠い宇宙の彼方や、遙か深海の彼方で起きたことではない。
被害の現実は目の前に広がっている。
多くの専門家は既に闘いを開始している。
被害に遭われた方々が既に闘っているのは言うまでもない。
しかも、これは、個々の人間同士、個々の国同士の争いではなく、
自然と人類全体との勝負なのだ。

人間同士がいがみ合わない闘い
それがせめてもの救いだ。

東京に暮らす私にできることは何だろう。

寄付、節電・・・

生き方を問い直すこと?









プロフィール

久保田塾・塾長

Author:久保田塾・塾長
東京都内、自宅にて個別指導、都内近県にて家庭教師をしています。
受験対策でも不登校児へのフォロー指導でも、私を頼る者全ての力になりたいと思っています。
でも、出来ない事は出来ないので、その時は、よりふさわしい先生をご紹介したり、次善の策がないかを模索したりします。
一番得意なのは中学受験の算数指導。「どんな問題でも解ける」という事より、「志望校に合格するにはどういう力を付ければ良いかを伝える」のが大事なのです。そのことを分かっていない保護者の方々、現役の塾講師、家庭教師の先生方があまりにも多い。
教育ネタが中心になると思いますが、趣味に走ったりもするかも。
前から興味のあったブログというのを始めて、ちょっとワクワクの「え~年のおっさん」です。
(2008年2月2日(先勝)・ブログ開始)

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